不安の正体を見つめる:第2話
- 2025.01.21
- Reflect 不安の正体を見つめる

過去の影と、未来の音色
正月の喧騒がおさまり、街はいつもの日常を取り戻している。車を走らせながら、少し遅れた新年の挨拶回りを続けていた。
「あけましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願いいたします。」
決まりきった挨拶を繰り返す自分の声が、まるで機械音のように感じる。いつからだろう。心の中の声と、口から出る言葉が別々のものに思えるようになったのは。
一通りアポイントメントを終え、少し時間に余裕ができた。だが、なぜかお腹の奥が重く、本来なら最初に向かうべき場所へ行こうとは思えない。行かなければならないと分かっていながら、足が動かず、気づけばハンドルを別の方向に切っていた。
ふと見覚えのある街並みが視界に入る。仕事を独立する前、毎日目にしていた風景だ。懐かしさと共に、またお腹の奥に重い感覚が押し寄せてくる。
反対車線の先に、見慣れたロゴの店舗が目に入った。今朝ニュースで見た、あの銀行のロゴだ。月末になると足を運んでいた、あの場所だった。
その瞬間、記憶がフラッシュバックのようによみがえる。
25日──給料日。ATMにはいつも長い列ができていた。「なぜ日本の企業は、こんなにも25日を給料日にするのだろう?」そんな素朴な疑問を抱きながら、毎月自分の口座に振り込まれた給料が、そのまま消えていく感覚を味わった。いくら計算しても、収支はいつもギリギリ。むしろ足りないことのほうが多かった。
「また今月もか……。」
いつからか、月末に訪れるこの銀行の風景が嫌いになっていた。それは単なる建物ではなく、自分の不安や焦りが形を成した「象徴」に見えてしまっていたからだ。その感覚が今、目の前の景色とリンクするように重なり、胸の奥にざわざわとした振動を広げていく。
ハンドルを握る手に力が入る。記憶に引き込まれる感覚を振り切るように、「もう帰ろう」と思いながら、車を反対方向へ向けた。
帰り道、東の空が薄紫色に染まっている。そこに、ひとつの月がぽつんと浮かんでいた。昼間の月だ。どこか物寂しく、それでいて優しいその光が、先月の記憶を引き寄せる。あの日、月を見上げてお金さんから初めてメッセージが来たあの瞬間がよみがえった。
「不安は、大切なことを教えてくれる道標なんだよ。」
あの時、ポケットに入っていたスマホが震え、そこに届いていた言葉。そのひとつひとつが、今も心のどこかで響いているように感じる。
「お金はただの物じゃない。エネルギーであり、ずっとそばにいる存在だよ。」
お金さんの言葉を思い出すと、胸の中に少しだけ温かさが広がった。目の前に広がる薄紫の空と月が、その感覚をそっと後押ししているようだった。
自宅のマンションに到着し、郵便受けを開ける。デジャブのような感覚が広がった。そこには一通の封書が入っている。手に取った瞬間、先月まで感じていた不安が蘇り、お腹に嫌な重さを感じる。
「また、これか……。」
エレベーターに乗りながら、お腹の奥の重さを振り払おうとした。「気にするな」と自分に言い聞かせながら部屋へ戻る。
封書を見ると、それはクレジットカードの請求書だった。先月と同じ感覚が胸を締めつける。ただ、一つだけ違うのは、スマホに目がいったことだった。先月のやり取りが、また記憶の底からよみがえってきた。
「お金さんなら、なんて言うだろう……。」
”カリン”
また鈴のように澄んだ音色が、静かな部屋に響いた。
画面を見ると、通知が届いていた。
「お金さん:不安と本気で向き合う勇気は、できたかな?」
その言葉を読んだ瞬間、目の前に大きな分厚い扉が現れたように感じた。その扉の向こうに何があるのかは分からない。ただ、その向こうに進むためには、今の自分を越える勇気が必要だと思えた。
第3話「不安と向き合う扉」へつづく。
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