不安の正体を見つめる:第1話
- 2025.01.20
- Reflect 不安の正体を見つめる

静かに広がるざわめき
西陽が差し込み始めるこの時間帯は、いつもウトウトしてしまう。教室の窓から入り込む柔らかな光と、満腹感が相まって、昼休み明けの授業は特に意識が遠のきやすい。先生の声が背景音のように遠のいていき、ノートに向けた視線も自然とぼやけていった。
まどろみの中、現実と夢の境界が溶け合っていく。遠くで聞こえるはずの先生の声が、なぜか自分の大人びた声に変わり、その響きに懐かしさを感じながら、意識が深く沈んでいく感覚。
その瞬間、お腹のあたりにずんと重い感覚が押し寄せた。安心感に包まれていた心地よさが一気に剥がれ落ちる。身体中に何かがまとわりつくような不安が広がり、目が覚めた。少し荒れた鼓動とともに、夢から現実へ引き戻された自分に気づく。
まだ夢の余韻がどこか体に残っているようだった。胸の奥でざわつく何かを振り払おうと、ふと机の中に手を伸ばしたとき、違和感を覚えた。いつもの教科書やノートとは異なる、薄い紙のようなものに指が触れる。そっと掴み出してみると、そこには真っ白な封筒があった。ラブレターだろうか?でも、それにしてはそっけない見た目だ。
周囲に気づかれないようにそっと中を開ける。封筒から出てきた紙には、鉛筆で殴り書きされた文字が目に飛び込んできた。
「不幸の手紙」
その文字が視界に入った瞬間、時が一瞬止まったような感覚がした。冷たい感覚が背中を伝う。クラスで最近噂になっていた”不幸の手紙”の話が頭をよぎる。内容はいつも同じ。「この手紙を受け取ったら、誰かが不幸になる。回さなければさらにひどいことが起こる」と。
ありえない、そんなこと。頭ではそう分かっているのに、心の奥では得体の知れないざわつきが止まらなかった。「誰かに回したい」とは思わない。けれど、自分の元に留めておくのも怖い。この矛盾した感情が、お腹に鉛のような重さを残した。
「大人の自分ならこんなの嘘だって笑うんだろうな」と思った。けれど、自分は子供のはずだ。それなのに、どうしてそんな“大人の気持ち”が湧いてきたんだろう。不思議な感覚が胸を満たし、静かに広がっていったとき——
遠くから振動音が聞こえる。徐々に音が大きくなり、現実の教室が薄れていく。気づけば視界はぼんやりと明るく、音がスマホのアラームであることに気づく。
夢だったようだ。
アラームを止めたあとも、夢の中の教室の景色が頭に残っている。お腹の重さも、夢の中で感じたものと同じようにリアルだったが、それも次第に薄れていく。ベッドから起き上がり、リビングへと向かった。
朝ごはんはいつも食べない。子供の頃から朝ごはんを食べるのが苦痛だった。食事の中で朝ごはんが一番重要だとはよく聞くが、起きたばかりの自分には全く受け付け難い代物だった。子供の頃は母親に当たり前のように「朝ごはんを食べないとダメだよ」と言われ無理やり口に詰め込んだが、一人暮らしをするようになってからはほとんど食べた記憶がない。
暖かいコーヒーを飲みながらおもむろにテレビをつける。朝のニュース番組が天気予報を終え、次の話題に移った。「銀行合併のニュース」が画面に映し出される。自分が普段利用している銀行の名前が、見慣れたロゴとともに出てくる。
この銀行は、前職の給料振込口座として使っていたものだった。今でも引き落としやちょっとした現金の引き出しに使っており、それなりに馴染みのある存在だ。
ニュースの画面を見つめる中、頭にぽつりと浮かんだ。『合併か。最近になって預金封鎖や銀行倒産なんて言葉を初めて聞くようになったけど、どこか別の国や昔の話だろう。』そんなふうに思っていた。でも、今回はいつも使っている銀行の話だから、自然と気になってしまう。『本当に何か変わるんだろうか。関係ないよな……』
そう思いながらも、なぜか夢の中で感じた重い不安と、このニュースがどこか心に引っかかるものを残していた。
コーヒーを飲み干し、ふっと息をつくと、時計の針が進んでいることに気づく。思わず「もう出ないと!」と声に出してしまう。慌ててPC、タブレット、財布をカバンに詰め込み、車の鍵を手に玄関を飛び出した。
車に乗り込みエンジンをかける。道路に出ると、車の窓越しに聞こえる雑踏の音とともに、不安感が少しずつ霧散していった。ただ、胸の奥底には、夢の重みがわずかに残ったままだった。
第2話「過去の影と、未来の音色」へつづく
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