感謝と信頼がもたらす現実の変化: 第3話

感謝と信頼がもたらす現実の変化: 第3話

信頼の循環が運んできた豊かさ

小さな笑い声が、ふと耳に入る。

待合室の奥、子どもが父親の腕にぶら下がりながら、無邪気に笑っている。

「ねえ、見て!こんなに高くなったよ!」

父親が優しく微笑みながら、子どもの手をしっかりと握る。

その光景をぼんやりと眺めながら、スマホを取り出した。

画面には、新着メールの通知が光っている。

「クライアントからの修正指示になります。」

いつもの担当者さんからの、いつもの定型文。

以前なら、この文面を見るだけで胃の奥がざわついていた。

開くのをためらい、しばらくスマホを伏せたままにしてしまうこともあった。

けれど今は違う。画面を眺めながら、思わず小さく笑ってしまう。

「全く…今日は連絡取れないって言ったのにな。」

そんなことをつぶやきながら、ふと過去の自分を思い出す。

最初の頃は、正直、やり取りに振り回されることが多かった。

クライアントからの要望をそのまま転送してくるだけで、意図がわからず、進行が混乱することもあった。

だから、メールの送信元の名前を見ただけで、心がざわざわしてしまう。

メールを開くのが怖くて、未読のままにしてしまうこともあった。

「すぐに返信しなければ、信頼を失うんじゃないか?」

「相手が満足しなかったら、もう次の仕事は来ないかもしれない…。」

そんな不安に飲み込まれていた。

けれど、お金さんとのやり取りを通じて「自分を信頼すること」がすべての根源だと気づいた。

自分自身を許し、信じることで、周りの人との関係も自然と変わっていった。

実際、この担当者さんともその後数件の案件を一緒に進めてきた。

以前は、常に相手の期待に応えなければと身構えていたけれど、今では「僕ならなんとかできる」と、自然と思えるようになった。

それが伝わっているのか、お互いに余計な心配や緊張がなくなり、スムーズにやり取りが進む。

そして、同じような変化は他の取引先との関係にも広がっていった。

そういえば、社会人になりたての頃、上司に言われたことがある。

「信頼を積み重ねれば、それが一番の営業成績になる。」

だからこそ、ずっと「どうやったら信頼を得られるのか?」を模索していた。

常に相手のことを考え、相手のわがままを聞いてあげる。

相手がやりやすいように、こっちが我慢する。

そうすれば、きっと信頼されるはずだ。

そう思っていた。

けれど、それは違った。

無理をして合わせたり、自分を押し殺して築いた信頼は、本当の意味での「信頼」ではなかったのかもしれない。

ストレスやエネルギーの不調和は、確実に相手にも伝わる。

そして、それが仕事の流れや人間関係に影響を及ぼしていた。

長年続けてきたループから、ようやく抜け出せた気がする。

「まずは、自分を信頼すること。」

そう決めてから、意識的に自分と向き合う時間を増やした。

完璧を求めて、自分を追い詰めていた過去の自分に、優しく声をかけてあげるようになった。

「そんなに頑張らなくていいよ。」

「できなくても、あなたは十分素晴らしいよ。」

無理に合わない人に合わせようとするのではなく、「合わないものはしょうがない」と手放すことも覚えた。

するとどうだろう。

今まで関係がぎくしゃくしていた人が、自然と態度を変えていった。

さらに、不思議なことに、そうした関係が遠ざかる一方で、新しい仕事や人間関係がスムーズに流れ込んできた。

もちろん、取引が減ってしまったクライアントもいた。

でも、その分、よりスムーズに仕事を進められる新規の顧客や、相性のいい取引先とのつながりが増えていった。

気づけば、売上は以前よりも安定し、確実に伸びていった。

そして、仕事だけではなく、プライベートの人間関係にも変化があった。

特に、彼女との関係が、大きく変わった。

以前は、僕が仕事のストレスを持ち帰ることが多かった。

「また修正依頼が来たよ…。こっちの都合なんて考えてくれないんだよな。」

「今日も取引先とギスギスしてさ、本当に気疲れするよ。」

そんな愚痴をこぼすことが当たり前になっていた。

彼女はいつも優しく聞いてくれたけれど、今思えば、それはただ受け止めさせてしまっていただけだった。

「うん。だって、あなたの話聞いてると、相手を責めてるように見えて、実は自分のことをすごく責めてるように感じたから。」

以前、彼女がそう言ったことがあった。

そのときはピンとこなかった。でも今になって、その意味がよく分かる。

僕は相手のせいにしているようで、実は自分の至らなさを責めていたのかもしれない。

期待に応えられなかったらどうしよう。

うまくできなかったら見放されるかもしれない。

そんな不安が、知らず知らずのうちに言葉に滲み出ていたんだ。

でも今は違う。

「今日、担当者さんから修正依頼来たけど、まぁ、明日送ればいいかな。」

「お、珍しく余裕あるね。」

「うん。なんとかなるでしょ。」

そんな風に、仕事の話も軽くできるようになった。

愚痴ではなく、ただ一日の出来事を話すように。

彼女も嬉しそうに笑って、こう言った。

「最近、話してると安心するんだよね。前よりずっと穏やかになったっていうか。」

その言葉を聞いたとき、僕はふと気づいた。

結局、自分のことを信頼してあげることが、一番のエネルギー循環なのかもしれない、と。

スマホの画面をもう一度見つめる。

ふと口元が緩んだ。

「明日送ればいいね、お金さん。」

画面を閉じてポケットの中にしまう。

ふと窓の外を見やると、芝生の上で遊ぶ、子どもたちの楽しそうな声が聞こえてくる。

なんだか懐かしい感覚が胸の奥からふわりと湧いてくる。

——あの頃の自分も、こんな風に無邪気に笑っていただろうか。

その声に耳を傾けながら、そっと目を閉じた。

第4話「過去と未来をつなぐインナーチャイルド」へつづく