信頼の循環に気づく:第2話

自分への問いかけ
「もしもし、お疲れさまぁー。」
彼女の声を聞いた瞬間、安心感が胸の中に広がる。軽い調子の話し方だが、その声には不思議と心をほっとさせる何かがあった。
「仕事どう、順調?」
その問いかけに導かれるように、僕の中に溜まっていた感情が一気にあふれ出す。
「実はさ、今のプロジェクトがもう滅茶苦茶でさ…」
スケジュールが押していること、スタッフの不安が高まっていること、担当者さんの非効率的な指示、さらにはエンドクライアントのわがまま……。話し始めると止まらない。自分でも驚くくらい、愚痴が口をついて出てきた。
話せば話すほど、相手のせいだけではないという気持ちも湧いてくる。そんな時は「でもね」とつけ足し、自分なりにフォローする。けれどそれすら愚痴の勢いに流されてしまう。
彼女は肯定も否定もせず、ただ優しい相槌を返してくれる。それがまた心地よく、僕をさらに饒舌にした。
「もうどうしたらいいか、よくわかんないよ……」
コーヒーを一口飲み、話し疲れた僕がそうつぶやいた時、彼女が静かに口を開いた。
「大変だね、その気持ち、よくわかるなぁー。何をしても答えがない感じ、本当しんどいよね。」
「そうなんだよ。」
彼女の共感が僕の心にすっと入り込む。けれど、その後の言葉が僕の心をざわつかせた。
「無責任なこと言っちゃうけどさ、きっとみんな精一杯やってるんだろうね。あ、別にあなたのこと責めてるわけじゃないよ。」
「わかってるよ。でも、なんかそういう風に考えるのって難しいよな……。」
「うん、そうだね。だけど、少し思ったのはね、あなたがもっと自分に優しくしてあげてもいいんじゃないかなって思った。」
「え、自分に?」
「うん。だって、あなたの話聞いてると、相手を責めてるように見えて、実は自分のことをすごく責めてるように感じたから。」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が一瞬真っ白になった。
彼女はたまに、まるで違う角度から思いがけない言葉を投げかけてくることがある。それは、不意を突かれるような感覚だ。そして、そういう時に限って、後から「あれが答えだったんだ」と思えることが多い。
今回も同じだろうか?そう思いながらも、すぐには彼女の言葉を受け止めきれなかった。
「うーん、そうかな。全然そんなことないけど……。」
気の利いた返事が浮かばないまま、僕は曖昧に答えた。それでも、彼女の言葉が胸の中にじんわりと残っているのを感じる。
その後も、話の中心は僕の愚痴ばかりだった。気がつけば、いつもの「じゃあ今日はこのへんにしようか」というタイミングが訪れていた。
電話を切り、ソファーに深く座り込む。
「自分を責めてる……か。」
ぼんやりとその言葉を反芻しながら、カーテンを少し開ける。窓の外に広がる夜空には、ひときわ鮮やかなオレンジ色の月が浮かんでいた。
その月が、まるで僕の心の奥を静かに見つめているように思える。
不思議な感覚を覚えながら、机の上に置いたスマホの方へ足を向けた。
その瞬間——
“カリン”
静かな部屋に、澄んだ鈴の音が響いた。
スマホを手に取り画面を見ると、そこにはお金さんからのメッセージが表示されていた。
「お金さん:本当の信頼を得るには、自分と信頼を結ぶことだよ!」
彼女が言った「自分を優しくしてあげていい」という言葉が、メッセージと重なり合っていく。
頭の中で何かがつながった気がした。
気づけば、僕は引き込まれるように画面に返信を打ち込んでいた。
第3話「本当の信頼への道標」へつづく。
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